タイの青春映画と日本の青春映画を考察してみる

とにかく笑え

世界観が共通している

青春映画と言っても感動系ばかりではありません、ぼくたちと駐在さんの700日戦争のように本来なら笑えないはずなのに、何故かこういうバカ騒ぎをしながら青春を満喫しているように見える姿に憧れる、なんて人もいるでしょう。もしも戻れるのならやり直したいと思ったりしますが、時間軸を超えたら超えた分だけ実は苦労します。青春の1ページに戻って今までの自分とは違った人生を歩んでいたら、タイム・パラドックスが発生して本来存在しているはずの時間軸が消滅してしまいます。時間を遡る技術については開発を進めている期間もあるが、戻れるとなったらそれを喜ばしいと取る人は実際どのくらいいるでしょうか。

唐突に何を話しているのかというと、例えばそんな貴重な青春時代にタイムマシンを手に入れたらどうしようかという話が鍵になる。まさしく奇想天外ですが、そんなタイムマシンを題材にした映画作品も存在している。『サマータイムマシン・ブルース』と呼ばれるもので、こちらは少し年齢が上がって大学生が主人公となっている。

こちらの作品、かの『交渉人・真下正義』などを制作した本広克行監督による作品となっており、同タイトルは元々舞台劇として演じられていたものを、監督が気に入って同作品を劇場用作品として公開することとなりました。大学生、そんな時期にタイムマシンを手に入れればどんな欲望も叶えられる、そう思い込みますが使っていく中で生じた問題点がやがて自分たちに大きな火種をもたらすことになると知った主人公たちの、便利なはずなのに余計な気苦労を背負い込むことになってしまった話となっている。

作品概要について

あらすじ

とある大学のSF研究会、そこは灼熱の地獄と化していた。というのも、前日から空調機が壊れてしまったため猛暑の中を過ごさなければならない苦行を部員たちは強いられていた。そこへ突如としてタイムマシンが登場する、装置を操作して現在から機能へと遡ることに成功し、空調機のリモコンを取ってきて難を逃れることに成功する。過去へ行く手段を手に入れた、そんな夢の様な装置を使用して過去の世界で悪戯に悪戯を重ねていったが、ある時ふいに気がついた。

今の時間軸に影響を及ぼす事象を行った場合、『今』が消滅してしまう危険性があることが判明する。つまり、自分たちのアホな所業によって世界がとんでもない事になってしまうと悟った部員たちは焦りに焦った。便利だからと悪ふざけが過ぎて、最悪どんな事になるかも分からない展開にならないよう、悪ふざけをした後始末を自分たちで片付けなくてはならなくなった。こうしてSF研究会の、昨日と今日を巡る慌ただしい夏の日が始まる。

自己責任です

この作品でも一致団結しています、しなくてはならないのです。そもそもそうするしか無かったと言ってもいいでしょう。何せタイムマシンなんていう便利道具を手にいれてド○○もんよろしといった感じで、好き勝手に遊び呆けた。しかし紛いなりにもSF研究会としての知識があったため、タイム・パラドックスによる時間軸の影響が今を消滅させてしまうかもしれないと悟るまで時間は掛かりませんでした。

その後は過去へ戻りつつ、悪ふざけの帳消しやリカバリー作業を行っていくこととなる。自分たちのせいで今の生活が失われるようでは溜まったものではない、そうこうしている間に影響が残らないよう、次々出てくる問題を解決していき、いつ倒れて影響が出るかもわからない制限時間付きのドミノ倒し状態を何とかこなしていくしか無かった。

手に入れて浮かれていたけど、最終的に自分たちの犯した過ちは自分たちで償うしかないという自己責任が問われる作品だ。派手に遊ぶのはいいかもしれないが、その影響で一番の被害を被るのはだれでもない、自分たちだというのが淡々と表現されている様は、どこか面白い。

他人の不幸は蜜の味、とはいかないが

この作品では何がいいたいのか、その点について考えてみたい。先ほどまでの作品における青春映画としての視点で考えれば、仲間と協力して成長していく姿が描かれている。しかし同作品の場合だと協力姿勢はあるのだが、悪ふざけが過ぎたばかりに問題が大きくなってしまった。後片付けは他でもない、自分たちで行うしかないという方向性が示されている。タイムマシンなんて物を手に入れたら確かに便利かもしれない、ですが何も考える行動しているとしっぺ返しとして跳ね返って来る。その痛み、倍どころの話ではなかったりする。

この作品ではそんな後先考えずに行動することの危うさを唱えながら、世の中慎重に行動しないと人生詰みますといった事を伝えたいのかもしれませんね。真面目に見るというよりは、コメディとしてエンターテイメントとして作品を視聴するといいでしょう。